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ぴょんぴょん跳ねる

  • 2025年6月7日
  • 読了時間: 2分

息子が小さい頃 通っていた幼稚園でよく見かけた光景ですが

園庭でお友達と遊んでいるときや、先生に褒められた時など

子供ってその場で ぴょんぴょん飛び跳ねるんですよね

しかも、その場にいる10名くらいが一斉に

はじめ「え?」驚きましたが その表情はにこやかで

嬉し楽しがたまらん!といったところなのかな?と思っていました


(笑)で ちらっと調べてみると、

足(脚)は、人間の本能が直接支配している部分で

本音が出やすい」場所だそうです 


なるほど。

足を組んだり、貧乏ゆすりといわれる行動

じだんだを踏む、飛び上がるほど○○、

スキップしたくなる、駆け出したくなる、

悲しくて立ち上がれない など 

足ねー 無意識にやってるかも 無意識ということは

動かすことで 自らの安定をはかっている行動とも言えるのかもしれません


ちょっと前に講座で習った 「無色透明ジャンプ」

色をイメージしながら跳ぶこと これは周波数を上げることなにるということでしたが、

周波数を上げることになるんだったら、感情も消化するってことか?

と思い詳しい方法はここ(感情をセルフで解消する方法)に投稿しておきます


今は 飛び跳ねる大人は見ないですよね

慣れや それに 飽きた ということではなく 

「大人らしく」という社会通念に、縛られているからなのでは?と

思ったりするこの頃であります


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